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Metaverse in Medicine

@Hiroshi OYAMA, MD. PhD, 2022

 

一般社団法人日本VR医学会 

理事長 小山博史

 

Q1 医療でメタバースの技術に注目が集まる背景
  • 医療でメタバース技術に注目が集まる理由には3つあると思います。

    • 1つ目は、1980年代から研究が盛んになってきたバーチャルリアリティ(Virtual Reality:VR)技術の医療応用事例の蓄積です。特に、手術シミュレーションなどの体験型教育や解剖学教育、恐怖症などへの認知行動療法など幅広い分野で研究が行われてきたた歴史があったためだと思います。

    • 2つ目は、高速インターネットの普及や計算機性能の飛躍的向上、頭部搭載型ディスプレイ(Head-Mounted Display:HMD)の低価格、VRアプケーションを開発するための開発ツールキットの登場により、VRアプリ体験が比較的安価で医療者にとっても使いやすくなってきたことにあります。

    • 3つ目は、やはり大きな要因は、コロナ禍にあると思います。コロナ禍による非接触型社会の経験は、人々の生活に大きな影響を与えました。医療者は特に通常診療に加えて感染症対策を行わなければならないことになりました。学生の多くは登校できず在宅でのリモート講義を受けることになってしましました。この時、人々が気がついたのが仮想世界の利活用です。コロナ禍で教育研修が急務の中、医療者へのガウンテクニックやECMO装置の利用方法などの教育用VR教材が登場しました。また、リモート講義の中には教員がアバターになって講義を行うようなことも登場しています。このようなことは、ポストコロナ社会になっても無くなるどころか新しい形態として広がる可能性を秘めています。
       

Q2 メタバースの特徴
  • メタバースの定義や特徴は多種多様なものが唱えられていますが、強調すべき特徴は
    ①デジタル空間社会 (Digital Society)
    ②技術結合(テクロノジーバインディング)(Technology Binding)
    ③新社会サービス創生 (New Social Service inovation)

    の3つだと考えます。

     

Q3 メタバースの特徴
  • 医療に限らずメタバースの利用を考える場合での注意点は、メタバースの種類(提供されているサービス)を理解することです。現在提供されているメタバースは、大きく複数人のアバターが登場して社会活動するVirtual Collaboration型と現実世界を忠実にデジタル処理して再現してシミュレーション等に用いるDigital Twin型の2つがあります。使用目的に応じたどちらのサービスが提供されているか、あるいは両方か理解して置く必要があります。
     

Q4 メタバースの近年の変化
  • 米国では、Meta社に代表されるプラットフォーマーが数多く存在しています。さらに、米国政府は医療にメタバースの構成技術の1つであるブロックチェーンよる医療アプリケーション開発を支援しています。今後注目されるのは、中国と韓国、台湾です。中国では超高速ネットワーク技術である5Gから6Gの利用対象としてメタバースの利用だけでなく、高性能安価なHMDを開発しMeta社がほぼ独占しているのHMD市場の中で占有率を増大させつつあります。韓国の国家技術標準院は、メタバースの世界的な技術リーダーになることを目指しています。台湾でも高性能低価格のHMDが数多く開発され、在宅医療への応用も行われ始めています。

  • つまり、メタバースの構成要素であるプラットフォーマーは米国、インフラである高速通信技術は中国、HMDは中国と台湾といった状態です。このままでは、日本は、液晶テレビとスマートフォン、半導体と同じ状況に陥っていくのではないかと危惧しています
     

Q5 メタバースに関する医療者の認識
  • メタバースに関する医療者の認識は徐々に高まっているように思います。当方が所属している一般社団法人日本VR医学会へも近年会員数が急増してきました。

  • その多くは
    ①医学教育や研修への利用、
    ②手術シミュレーションへの利用、
    ③診断特に画像診断への利用、
    ④カウンセリングや認知行動療法
    の応用の4つです。

     

Q6 メタバース医療の現状
  • 国内では、医療法上の問題もあると思いますので医療行為として使用されているものはないと思います。

  • メタバースを用いた医療技術には、先にも述べましたが「Digital Twin」技術を用いた仮想臓器や仮想人体モデルのメタバース内での利活用があります。これは既存のVR技術研究の延長線上にあり、今後視覚や聴覚だけでなく触覚や力覚、嗅覚、平衡覚など五感ディスプレイによる新しい診断装置も登場することが期待できます。特に、認知症や軽度認知障害(MCI)の簡易診断装置などはメタバース技術を用いて実現されることを期待しています。

  •  国内では、私立の大学病院がメタバースを用いた病院を先駆的に公開されたことはご存知のことかと思います。現状では、待ち時間がどうしても長くなる診療をこのようなメタバース内の病院にどのような機能やサービスを追加することで既存の課題を解決していかれるか大変興味深い取り組みだと思います。

  • 東京大学では医療ではありませんがメタバース工学部を構築し、国内外の高校生や中学生、特に女子学生へ科学への興味を持ってもらう取り組みを始めています。

  •  国外だけでなく国内でも心療内科などの診療所でメタバースの利活用が徐々に行われているようです。

  • メタバースの特徴は、時空間の制約なくアバターを通じて参加できることです。特に高齢社会における在宅医療の課題解決のための応用への期待が高まっています。

  • 医師個人としては現在学会や研究会で学んでいる医学知識をメタバース内で得ることができるようになると思いますし、そのような医療社会を国民のためにも作っていく必要があると思います。インターネット上のフェイクニュース問題もメタバース内でも生じる可能性が高く、ガイドラインや法整備等も必要になってくるでしょう。

  • ある製薬企業は、現在のMR(Medical Representatives)の活動をメタバース内で行うことを開始した報道がありました。新薬や副作用など有害事象などの情報を迅速に医師に伝えることは重要なことだと思います。医師の生涯教育上も有益です。ただ、「医薬品等の製造販売後安全管理の基準に関する省令」(厚生労働省令第135号)で「医薬情報担当者とは、医薬品の適正な使用に資するために、医療関係者を訪問すること等により安全管理情報を収集し、提供することを主な業務として行う者をいう。」と定められているように過度な勧誘やメタバース登録者への過剰な便宜など実世界で遵守されているものついてはメタバース内でも遵守する必要があると思います。

  • 医療機器企業におけるメタバースの利用は、新しい手術機器や診断装置のメタバース内での体験や教育に使用されていくと思います。欧米では、すでにDigital Twinで多くの医療機器のデジタルモデルが作成され製品開発や市場投入に利用されてつつあります。
     

Q7 メタバース医療の課題・問題点
  • メタバース医療における技術的な課題は、HMDの普及率が少ないことです。ただ、スマートフォンでも体験可能なのでスマートフォンを用いたメタバースの利活用が先ず盛んになっていくと思います。そのためにも医療におけるキラーアプリケーションの開発が必要です。現在でも医学教育や研修用のアプリが提供されつつありますが、まだ高価で持続的に体験できる環境がととのっているとは言えません。

  • セキュリティ・個人情報管理、運用時の問題: 

    • 診療に使用する場合には、当然個人の機微情報を扱う上ですから関連法規に遵守した厳重な注意とそれに見合うセキュリティ管理がされた医療用メタバースを提供し、運用される必要があります。この場合、メタバースを提供するプラットフォーマとメタバース内の施設や機能を作成するクリエイターと利用する医療者、患者間の契約形態を整理する必要があります。メタバースを利用する医療者は、主に自分が提供できるサービスや情報セキュリティ管理やシステム保守について、患者は自分の診療データやメタバース内での行動や会話データなどの管理や臨床研究への2次利用等の有無などへ確認や契約が必要になると思います。

  • 医療従事者の持つハードル(技術アレルギー)問題:

    • 約30年前から始まった電子カルテの導入や古くは電話の登場の時のように新しい技術が登場すると少なからず反対や非難は起こるものです。ただ、一度新しい技術の便利さに慣れてしまうと無くてはならないものになっていくことは今までの人類の歴史がものがっているのではないかと思います。現在はPCからスマホの時代になっていると思いますので次世代は新しいデバイスを用いた新しい社会サービスが展開される時代になっているかもしれません。

  • 医療従事者が持つハードル問題を解決するには、メタバースリテラシーを学ことから始まると思います。一般向けのメタバースについての書籍は増えてきましたが、メタバースを医療応用する上で必要なリテラシー教育もコンテンツに応じて必要になってくると思います。先ず「身近な仮想世界」を体験する機会があれば、そこから技術アレルギーが脱感作されていくのではないでしょうか。
     

Q8 メタバース医療への展望
  • メタバースの利用は現状ではスマホとHMDが主流ですが、時計がスマートウオッチに進化したように新しいデバイスが国内外で研究開発されているように聞いています。デバイス自体は、軽量高性能低価格化が実現すれば急速に普及するように思います。そのためには、医療におけるキラーアプリケションや豊富なコンテンツが必要であることは言うまでもありません。

  • Web3.0の特徴は、分散型のネットワーク環境、NFT(Non Fungible Token)や独自のトークンの普及、個人間でデジタルデータの所有や取引を管理できることにあると言われています。メタバースもWeb3.0の1つとして紹介されています。現在のメタバースは欧米を中心としたプラットフォーマーが管理していますが、その分個人データなどデータの独占化が社会問題になっています。Web3.0はこのようなデータ独占状態の解決策という側面と既存の国が管理する貨幣という信用をデジタル化して国に管理されない価値をして社会生活に利用しようとするものです。社会基盤がデジタル化されるにつれ医療社会へもこのような環境に対する医療制度の未来設計も必要になっているのではないでしょうか。
     

Q9 今後求められる技術について 
  • 今後求められることは、テクノロジーバインデングとメタバースの特徴で紹介しましたが、実世界では解決困難あるいは実現困難なサービスをメタバース内で実現するための先端技術の結合にあると思います。例えば、在宅医療支援サービスを提供する際には、患者宅と医療機関(あるいは医師)間をつなぐ高速ネットワーク環境が必要です。さらに患者の状態を把握するための血圧や心電図などの生体データ取得装置、それらのデータをメタバース内で管理・共有するための電子カルテ、診断支援用の人工知能(AI)などが必要になります。ただ、現状で最も大きな課題は、利用者はプラットフォームが異なるメタバース間を移動できないことです。これには色々なレベルでの標準規格の作成が必要です。メタバース共通規格とメタバース医療用規格に分けて設計することが重要だと考えています。
     

Q10 医療従事者へのメタバースの啓発・普及の取り組みと期待
  • メタバースは、「身近な仮想世界」となりつつあります。その利活用はDXとしても重要な位置にあると思います。

  • メタバースを既存の医療の課題にどのように利活用していくかは、医師や看護師など医療者だけでなく、情報技術者はもとより社会学者や法律家など実社会をデザインするステークホルダーが集まって議論する時期に来ているのかもしれません。

  • 各種学会もホームページを公開し始めているように学会専用のメタバースを作成されるようになると思います。

  • ここ数年で、メタバースに関する色々な団体が設置され活動されるようになってきています。当方が所属する一般社団法人日本VR医学会は、VRやARの医療応用研究を2001年から開始し、昨年度からメタバース医療の実現に向けた研究会を設置し、普及活動を行なっています。

  • 将来への期待:

    • コロナ禍で注目を集め始めた「身近な仮想世界」メタバースは、今後ゲームやスポーツ、エンターテイメントなど徐々に社会に浸透すると思われます。当然、医療社会にもその影響は及ぶことが予想されます。メタバースの利用には益もありますが依存症など人体や社会へ影響をあたえる可能性も否定できません。このような課題を解決していくためにも医療におけるメタバース研究者が増えることを期待しています。

 

(参考資料)

  1. YANG, Dawei, et al. Expert consensus on the metaverse in medicine. Clinical eHealth, 2022, 5: 1-9.

  2. Metaverse: The next frontier for Health 4.0. https://www.netscribes.com/metaverse-in-healthcare/.

  3. Ning, H. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/2111.09673 (2021). 

  4. Carlin, A. S., Hoffman, H. G., & Weghorst, S. (1997). Virtual reality and tactile augmentation in the treatment of spider phobia: a case report. Behaviour research and therapy, 35(2), 153-158.

  5. Lem WG, Kohyama-Koganeya A, Saito T, Oyama H. Effect of a Contact-based Educational Intervention Using Virtual Reality on the Public Stigma of Depression: A Randomized Controlled Pilot Study. JMIR Form Res (forthcoming). doi:10.2196/28072

  6. Morita I, Kohyama-Koganeya A, Saito T, Obuchi C, Oyama H. VRAT: A Proposal of Training Method for Auditory Information Processing Using Virtual Space. J Med Virtual Real. 2020;17(1):23–32.

  7. https://news.microsoft.com/apac/features/hololens-and-house-calls-telehealth-technology-delivers-virtual-consultations/

  8. 順天堂バーチャルホスピタル. https://www.juntendo.ac.jp/hospital/patient/virtual_hospital/

  9. DAVIS, Simon; NESBITT, Keith; NALIVAIKO, Eugene. A systematic review of cybersickness. In: Proceedings of the 2014 Conference on Interactive Entertainment. ACM, 2014. p. 1-9.

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